導入事例
【導入事例】山辺の道 花もり: 野菜とそうめんの旨みを引き出す、奥行きあるだしづくり
奈良県桜井市の和カフェ・甘味処「山辺の道 花もり」様へ導入。混合削り節と厚葉昆布が、そうめんや煮物の味をどう変えたのか伺いました。
奈良県桜井市茅原、山辺の道沿いに佇む和カフェ・甘味処「山辺の道 花もり」。
お店は、奈良・三輪の「大神神社(おおみわじんじゃ)」のすぐ近くにあります。
日本最古の道ともいわれる山辺の道を歩き、大神神社にお参りしたあとに立ち寄れる場所として、多くのお客様に親しまれているお店です。
古民家風の落ち着いた空間で、三輪そうめんやわらび餅、季節のかき氷などを提供されています。
三輪はそうめん発祥の地として知られる土地。
その三輪で、地元の三輪そうめんを使った一皿を味わえることも、花もりさんの大きな魅力です。
店主の河向直樹さんは、寿司店や割烹で経験を積んだ和食の料理人。
今回は、天野鰹節店の混合削り節や厚葉昆布をどのように使い、料理の味づくりに活かしているのか、だしソムリエ・天野陽馨が伺いました。

目次
大神神社のすぐ近く。保存地区の古民家で始まった、和食料理人の甘味処



奈良県桜井市の山辺の道沿いにある「山辺の道 花もり」さんを訪ねると、まず目に入るのは、周囲の景色にすっと溶け込む古民家風の佇まいです。
お店は奈良・三輪の大神神社のすぐ近く。
大神神社へ参拝される方や、山辺の道を歩く方が、旅の途中にほっと足を止める場所でもあります。
保存地区の中にある建物を活かして、2005年に始まった和カフェ・甘味処だとうかがいました。
戸をくぐると、観光地らしい華やかさよりも、歩いてきた人を静かに受け入れるような空気があります。
私も席に着く前から、ここでは味だけでなく、時間の流れそのものを味わうお店なのだと感じました。
店主の河向直樹さんは、もともと和食の料理人です。
料理学校を卒業された後、寿司店や割烹で修行を重ねてこられました。
お話をうかがっていると、包丁の扱いや素材への向き合い方、味の組み立て方の根っこに、きちんとした和食の積み重ねがあることが伝わってきます。
甘味処という言葉から想像する気軽さの奥に、料理人としての確かな経験があるのです。
「山辺の道 花もり」さんのやさしい味わいは、古民家の雰囲気だけで生まれているのではなく、河向さんが和食で培ってきた感覚に支えられているのだと思いました。
興味深かったのは、最初から喫茶店を始めるつもりではなかったというお話です。
ご縁が重なり、成り行きの中でこの場所を引き受けることになったそうです。
和食の道を歩んできた河向さんにとって、コーヒーはまったく別の分野でした。
それでも一から学び、お客様に出せる形にしていかれました。
その姿勢に、私は職人としての柔らかさを感じました。
自分の専門に閉じこもらず、目の前の場所と人に合わせて必要なことを学んでいく。
そこに、長く愛されるお店の芯があるように思います。
店内には、派手な演出ではなく、古い建物の持つ落ち着きと、河向さんの穏やかな人柄がにじんでいました。
山辺の道を歩く方々が、ここで足を休め、甘味や三輪そうめんをいただく光景が自然に浮かびます。
大神神社のすぐ近くという土地柄もあり、参拝の余韻と、古民家の静けさが重なります。
保存地区の建物を新しく作り替えるのではなく、受け継がれてきたものを活かすことに意味があります。
大神神社の近くという立地、古民家、和食の経験、そして偶然のご縁。
その重なりが、このお店の始まりになったのだと感じました。
そうめん発祥の地・三輪で味わう、三輪そうめんの一皿



花もりさんのそうめんには、地元の三輪そうめんが使われています。
三輪は、そうめん発祥の地として知られる土地です。
大神神社のすぐ近くで、山辺の道の空気を感じながら、その土地に根づく三輪そうめんをいただく。
それだけで、料理の味わいに物語が生まれます。
奈良を訪れるお客様にとって、花もりさんでそうめんを食べることは、単なる昼食ではなく、三輪という土地を味わう体験でもあるのだと思います。
もともと「花もり」さんでは、野菜を中心にしたお料理を大切にされていました。
けれど奈良を訪れたお客様から、そうめんはないのかと尋ねられることが重なったそうです。
その声を受け止めて、そうめんの提供が始まりました。
お客様の期待に応えるだけでなく、この場所で出す意味のある一皿にしたいという河向さんの姿勢が、そこに表れているように感じました。
とくに大神神社にほど近い三輪の地で、そうめん発祥の地の三輪そうめんを出すことには、自然な必然性があります。
この土地でなければ生まれなかったメニューのあり方だと感じました。
10周年で生まれた名物「ご神饌そうめん」と、だしを“乗せる”発想
創業10周年を迎えた2015年には、新しい名物としてご神饌そうめんが生まれました。
節目にふさわしい一品を考える中で、河向さんはそうめんに合わせる食材を一つひとつ選んでいかれたそうです。
旨みの強いものを探していくと、昆布や鰹節、椎茸など、自然とだしに関わる食材が集まっていきました。
さらにそれらが、神社へお供えするものと重なっていることに気づかれたと伺いました。
大神神社のすぐ近くにある花もりさんで、三輪そうめんとご神饌の考え方が結びつく。
奈良という土地で、神さまへのお供えと食の恵みが結びつく感覚は、とても自然で美しいものだと思います。
名前は後から付けられたものではなく、素材を見つめる中で立ち上がってきたものなのだと感じました。
河向さんのお話で印象に残ったのは、だしをそうめんに“浸す”のではなく、旨みを“乗せる”ように考えておられることでした。
そうめんは細く、淡い食べものです。
だからこそ、つゆの味が強すぎると麺や野菜の持ち味を覆ってしまいます。
反対に弱すぎると、料理全体の輪郭がぼやけてしまいます。
その間を探るように、だしの奥行きで食材を支えておられるのだと思いました。
鰹節屋として私がうれしかったのは、鰹の香りや旨みが主役を奪うためではなく、三輪そうめんや野菜を引き立てるために使われていることです。
だしは目立つものではありませんが、口にした後に余韻として残ります。
「ご神饌そうめん」には、その余韻を大切にする河向さんの料理観が、静かに息づいていました。
混合削り節で、三輪そうめんのだしに“後を引く奥行き”が生まれた


山辺の道 花もりさんを訪ねると、厨房の奥から、そうめんのだしが静かに香ってきました。
河向直樹さんは、素材の持ち味をとても丁寧に見つめる方です。
だからこそ、だしに使う削り節を替えることには、少なからず不安があったのだと思います。
以前はマグロを主体にした混合削り節をお使いでした。
そこから天野鰹節店の混合削り節へ替えるとなれば、味の骨格や余韻が変わります。
お店の看板でもある三輪そうめんの印象に関わることですので、そのお気持ちはよく分かりました。
実際にお使いいただいた後、河向さんが感じてくださったのは、だしの奥行きでした。
ひと口目にすっと入ってきて、飲み込んだあとに、もう一度味わいたくなるような余韻がある。
魚らしい個性はありながら、嫌な臭みとして残らない。
そのバランスを受け止めてくださったことが、私にはとてもありがたく感じられました。
そうめんのだしは淡いようでいて、削り節の個性がそのまま料理の記憶になります。
強すぎてもいけませんし、弱すぎると野菜や三輪そうめんの旨みを支えきれません。
花もりさんの一杯には、その繊細な加減が必要なのだと、あらためて教えていただきました。
ご神饌そうめんでは、仕上げに本枯節 花削りを直接のせてくださっています。
削りたての香りが立ち、そうめんの上でふわりとほどけていく姿は、見ているだけでも背筋が伸びるようでした。
一方で、土台となるだしには混合削り節を使ってくださっています。
上にのせる本枯節が香りの輪郭をつくり、ベースの混合削り節が味の厚みを支える。
その役割の違いを、河向さんは料理の中で自然に生かしておられました。
だしは前に出すぎず、けれど確かに印象を残します。
野菜の甘みや三輪そうめんの喉ごしを邪魔せず、食後に静かに残る旨みをつくること。
そのお手伝いができているのなら、鰹節屋としてこれほど嬉しいことはありません。
野菜の味を際立たせるために、あえて鰹を抜く。厚葉昆布だけの煮物だし

花もりさんの厨房で煮物の仕込みを見せていただいたとき、私はまず、だしの静けさに心を惹かれました。
湯気の向こうにあるのは、強く香り立つ鰹の気配ではありません。
鍋の中で野菜がゆっくりとほどけていくような、やわらかな昆布のうまみでした。
河向さんは、煮物や野菜のだしには鰹節を使わず、天野鰹節店の厚葉昆布だけを使ってくださっています。
鰹節屋の私としては少し意外に聞こえる選択かもしれませんが、その理由を伺うほどに、花もりさんらしい料理の考え方が伝わってきました。
鰹を合わせれば、料理としての輪郭は出しやすくなります。
香りも旨みも乗り、食べた瞬間においしいと感じてもらいやすいだしになります。
けれど河向さんが大切にしているのは、そこで鰹の力を足すことではありませんでした。
大根には大根の甘みがあり、なすにはなすのやわらかさがあり、季節の野菜にはそれぞれの香りがあります。
その一つひとつを前に出すために、あえて鰹を抜く。
昆布だけのだしにすることで、野菜の味が隠れず、静かに立ち上がってくるのだと感じました。
この厚葉昆布は、河向さんが求めていた「野菜を引き立てる昆布」として、私たちからご提案したものです。
昆布のうまみが前に出すぎると、料理全体が重たくなることがあります。
反対に弱すぎると、野菜を受け止める土台になりません。
花もりさんの煮物には、主役を奪わず、けれど芯で支える昆布が必要でした。
厚葉昆布は、ふくよかでありながら押しつけがましくなく、野菜の持つ甘みや香りをそっと支えてくれます。
鰹節屋として、鰹を使わないだしの選択に関わらせていただくことは、とても学びの多い経験です。
だしは足すものだけではなく、引くことで素材を生かすものでもある。
そのことを、花もりさんの鍋の前であらためて教えていただきました。
60度でじっくり引き出す旨み。季節で変える調味料の細やかさ


花もりさんの厨房でまず印象に残ったのは、だしを引く時間の流れがとても静かだったことです。
河向さんは、昆布だしを急がず、IHで温度を見ながら60度に保ち、1時間から1時間半ほどかけて旨みを引き出しておられました。
冬場は水温や室温の影響もあるため、2時間ほど置くこともあるそうです。
京都大学の研究結果を参考にされたとうかがい、経験だけに頼らず、理にかなった方法を丁寧に積み重ねておられる姿勢に、私は深くうなずきました。
昆布の旨みを十分に移したあとも、仕事は決して大きく動きません。
用途に合わせて混合削り節を合わせたり、みりん、濃口醤油、薄口醤油を使い分けたりしながら、味の輪郭を整えていかれます。
雑味が出ないように、必要なところで素早く冷まし、引き上げる。
その一つひとつの所作に、素材を押さえつけない加減がありました。
だしは濃ければよいものではなく、野菜や三輪そうめんの持ち味が立ち上がる余白を残すことが大切なのだと、あらためて感じました。
河向さんのだしづくりには、温度や時間を守る正確さと、目の前の素材に合わせて手を変えるやわらかさが同居していました。
たとえば大根ひとつをとっても、夏は塩でさっぱりと仕上げ、冬は醤油とみりんでこっくり煮るそうです。
同じ野菜でも、季節が変われば水分も香りも変わります。
その変化を受け止めて調味料を選ぶことが、花もりさんの味の奥行きにつながっているのだと思いました。
老舗の鰹節屋として私も日々だしに向き合っていますが、河向さんのお話には学ぶことが多くありました。
昆布、削り節、醤油、みりん。
どれも昔からある身近な素材です。
それでも扱い方ひとつで、料理の表情は驚くほど変わります。
花もりさんのだしは、強い主張で引っ張るのではなく、野菜の甘みや三輪そうめんの喉ごしをそっと支える味でした。
大神神社の近くに流れる奈良の空気や、季節の移ろいまで含めて、一椀の中に静かに映し出すような奥行きあるだしだと感じました。
お客様が広めてくれる人気と、だしへの関心がつないだご縁
花もりさんは、お客様がSNSで自発的に発信してくださる大人気店です。
最初はInstagramの「旅なら」で取り上げられたことがきっかけだったとうかがいました。
それ以来、人気が絶えず、普段はお店の前に行列ができているそうです。
大神神社のすぐ近くという訪れやすさ、山辺の道沿いの古民家の雰囲気、三輪そうめんや甘味の魅力。
それらが一つになって、お客様自身が「誰かに伝えたい」と思うお店になっているのだと感じます。
その人気の中で、私たち天野鰹節店にとってもありがたい出来事が生まれています。
花もりさんでは、お客様から「お出汁は何を使っているんですか?」とよく聞かれるそうです。
そのたびに河向さんが天野鰹節店を紹介してくださり、花もりさんでだしを知ったお客様が、天野鰹節店の店舗へ来てくださることがあります。
料理を食べて、だしに関心を持ち、そのだしの作り手に会いに来てくださる。
これは鰹節屋として、本当にうれしい流れです。
花もりさんの一杯が、お客様と天野鰹節店をつないでくれているのです。
さらに印象深いご縁もありました。
京都高島屋で働いている方が、花もりさんで天野鰹節店のことを知り、わざわざ店舗まで来て担当者を繋いでくださったのです。
花もりさんのおだしがあまりにも美味しく、家で同じだしを出したいからと、どこのだし素材を使っているのかを聞かれたそうです。
その後、花もりさんからの帰りに天野鰹節店にお立ち寄りいただき、混合削り節や本枯節 花削り、厚葉昆布をご購入いただきました。
その際に、百貨店での催事販売を行なっているとお伝えすると、ぜひ京都高島屋でも販売してほしいと仰ってくださいました。
それがきっかけとなり、天野鰹節店の京都高島屋への進出が実現しました。
一軒のお店で出会っただしが、お客様の言葉によって別の場所へ運ばれ、新しい仕事につながっていく。
だしは料理の中では目立たない存在かもしれません。
けれど、きちんと味わってくださる方には伝わり、人から人へと広がっていく力があります。
花もりさんが日々のお客様に丁寧に向き合ってくださっているからこそ、生まれたご縁だと思います。
かき氷にも通じる素材への情熱と、老舗への信頼



花もりさんを訪ねて、だしの話と同じくらい心に残ったのが、かき氷の素材に向き合う河向さんの姿勢でした。
お店では、季節になるとスモモだけで十五種類ほどを使い分けるそうです。
早い時期のものは酸の立ち方がきれいで、盛りのものは香りと甘みがふくらみ、終わりがけには色の深さが出ると伺いました。
同じスモモでも、収穫の時期や品種によって味も色もまるで違います。
その違いをならしてしまうのではなく、シロップの個性として活かしておられることに、料理人としての誠実さを感じました。
梅の仕込みについて伺ったときは、思わず背筋が伸びました。
青い香りのまま急いで使うのではなく、桃のような香りが出るまで熟すのを待つそうです。
そこから一つひとつの実に、約五十箇所も穴を開けて仕込まれます。
味を入れるため、香りを引き出すため、そして果実の表情を壊さないための手間です。
数を考えるだけでも気が遠くなりますが、河向さんはその工程を当然のように話されました。
素材がいちばんおいしくなる瞬間を待ち、必要な手を惜しまない姿勢は、だしづくりにもそのまま通じていると感じました。
私たち天野鰹節店のことについても、河向さんはありがたい言葉をくださいました。
七十年以上、真面目に商売を続けてきた店でありながら、新しい提案をしてくれるところを信頼していると受け止めてくださっています。
老舗という言葉に甘えるのではなく、毎日の現場に合うかたちで、よりよいだしの提案を重ねていくことが大切だと、あらためて思いました。
花もりさんのように素材を深く見つめるお店に選んでいただけることは、私たちにとって大きな励みです。
これからも老舗への信頼に応えられるよう、鰹節の目利きと削りの仕事を丁寧に積み重ねてまいります。
まとめ
河向さんのお話からは、だしを“味を足すもの”ではなく、素材の個性をどう見せるかを決める大切な要素として捉えていることが伝わってきました。
混合削り節の奥行きと、厚葉昆布の引き算の旨みが、「花もり」さんらしい料理を支えています。
大神神社のすぐ近く、そうめん発祥の地・三輪で味わう三輪そうめん。
その一皿に、奈良の土地の魅力と、和食料理人の丁寧な仕事が重なっています。
そして、お客様がSNSで発信し、だしについて尋ね、さらに天野鰹節店へ足を運んでくださる流れは、花もりさんの料理が人の心に残っている証だと思います。
花もりさんとのご縁から、京都高島屋への進出という新しい道も開かれました。
これからも、花もりさんの三輪そうめんや季節の甘味を支えるだしとして、誠実な仕事を続けていきたいと思います。
